カテゴリ/高槻Life 投稿日/2018-06-01
高槻市を東西8kmにわたって走る西国街道。
もともとは京都羅生門から太宰府を結ぶ、古来日本の大動脈ともいえる道でした。
今回は、西国街道の宿場町として栄えた「芥川宿」を中心に、往時の高槻の街並みに想像をめぐらせましょう!
「芥川」の地名は、いにしえより、京の都の人にもよく知られたものでした。
平安時代初期に成立した「伊勢物語」の中にも、高槻芥川のことが書かれたと思われる一節が登場します。
西国街道のルートも、14世紀には、現在のもので定着したそう。
高槻にゆかりのある三好長慶や高山右近はもちろんのこと、織田信長や豊臣秀吉も、この西国街道を通って、天下統一の道を極めていったのです。
芥川の一里塚でそっと目を閉じれば、戦国武将たちを乗せて駆ける勇ましい騎馬の蹄の音が聞こえてくるような気がします。
その後も、江戸時代には参勤交代のため、多くの大名や人々が行き交った芥川宿。
19世紀には、30軒を超える旅籠屋が軒を連ねていたといいます。
今も当時の旅籠の様子が偲ばれる「亀屋旅館」。
創業は300年以上前、現在は13代目の若女将さんが、美味しい料理でもてなしてくれます。
新しい家も多くなりましたが、芥川一里塚周辺は、古き良き高槻の街並みを今に伝えているのです!
13世紀に創建された教宗寺。
1734年の「芥川宿絵図」には、現在とほとんど変わらない姿が描き残されています。
今はひっそりとしていますが、当時は毎日たくさんの人が参拝したことでしょう。
高槻は、現在も、大阪、神戸と京都を結ぶ主要都市。
電車でも車でも、アクセス抜群の「どっちも高槻」として、毎年、「住んでみてよかった都市」にランキングされる人気の街です。
西国街道をブラブラと歩きながら、かつての芥川宿の繁栄を想像すれば・・・。
改めて東西に続く交通の要所「どっちも高槻」の素晴らしさが実感できますね!
実は、JR高槻駅から芥川一里塚への道のりも、「どっちも高槻」ならではのもの。
新しくお洒落なショッピング街、「アクトモール」。
信号を隔てて反対側には・・・。
昔ながらの人情味あふれる「芥川商店街」。
古いものと新しいものが絶妙にマッチした芥川。
東と西を結ぶ重要地点として栄えた芥川・・・。
まさに芥川こそ、「どっちも高槻」を体感できる絶好のスポットです!
カテゴリ/高槻Life 投稿日/2018-06-01
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